蔵と倉

田園都市の蔵と倉

 

計画地は多摩田園都市の川崎市宮前区有馬に位置する。

田園都市特有の分譲開発された風景が続く中、敷地内には古くから残る母屋・土蔵とよく手入れされた庭と畑があり、戦後の農村の雰囲気がそのまま漂っているようだった。

これはそんな懐かしさを少しだけ街に開くための計画である。

 

具体的には、土蔵を小料理屋に改修したり庭の整備をしながら、敷地内に点在していた農作物倉庫を整理集約する新たな倉庫棟を別棟で新築している。

土地の記憶を継承するランドスケープと建築の在り方を模索し、庭の木々は古い写真を参照しながら移植、谷戸に流れる川を枯山水で表現しながら三田橋の由来となった古い橋の石材を飛び石として並べ、関東ロームの土色の舗装で繋ぐなど、地域の原風景を復元するように整備していった。

蔵や倉庫という人の出入りが少ない閉じた建築だからこそ、その構えや佇まいによる周辺環境への影響は大きい。

 

敷地内に江戸後期から残ると言われている古い土蔵を街に開かれた小料理屋にコンバージョンした。

土蔵はとてもこぢんまりとしたスケールで、小料理屋としては少し暗い印象であったので、まずは2階床を撤去し気積を大きくして2階窓から光が振り注ぐようにした。

撤去した既存2階床は名栗加工して内装仕上げとして転用し、木をくり抜いたような白木の空間とし、唯一新たに新設する厨房区画としての吹抜けに面した大きな壁には地域で取れた杉皮を乾燥させて鎧貼りにし、大きな木の中にいるような安心感のある場所としている。

 

有馬 槻

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増築棟では、倉庫部分は既存建物や周辺建物との調和を図り、銅板の小屋は庭との調和を図るなど、建ち方や素材によって、現状に対する肯定と未来に対する希望という二面性を同包させている。

屋根や外壁は既存の街に対して素直に感応させ、周辺の古民家の瓦屋根や漆喰壁の素材感やディテールを踏襲しつつ、窓には既製品のアルミサッシを標準ディテールのまま採用することで、新旧混在するまちの状態をそのまま建ち上がらせた。結果として「新築でありながら既存のような佇まい」を持つボリュームが生まれた。

また「ここから庭が最も美しく眺められる」とクライアントに教えてもらった場所には庭を見るための小屋を設けた。庭に正対することを優先し、メインボリュームに対して斜め45度に角度を振って倉庫部分に接続させている。

photo / Koichi Torimura

この小屋には手揉み銅板屋根や木製建具という既存とは異なる文脈の懐かしさを与えている。

銅板はオリジナルの表面加工と仕上げを開発し、クライアントや施工者などの関係者や近隣住民とともにワークショップにて制作した。

多くの人の手の跡が残ることで長く愛される建築になることを期待している。

2023.10
所在地 : 神奈川県川崎市
用途 : 店舗+倉庫
構造 : 木造
敷地面積 : 270.0+388.61m2
延床面積 : 25.03+77.25m2
施工 : みらいテクノハウス